それでも世界が続くなら official web site

 Biography



[L to R]
drums:小寺良太
vocal / songwriting / discord guitar:篠塚将行
bass:純市
ambient guitar:菅澤智史



それでも世界が続くなら (2011 - 2026)

2011年1月、バンドが解散し途方に暮れていた篠塚が、初心者だった琢磨と共に遊びのつもりで活動していたスリーピースバンドに、別バンドのボーカルだった友人・菅澤がギタリストとして参加することになり、それでも世界が続くならが結成。サポートドラムにDr.栗原が参加。活動を開始。

2012年2月、1st Album『彼女の歌はきっと死なない』をタワーレコード限定リリース。当時「あくまで遊び」として捉えていたメンバー、全くのノンプロモーションの中、発売当日に完売。タワーレコードチャート1位にランクイン。
同年9月、2nd Album『この世界を僕は許さない』をリリース、無名の新人がノンプロモーションでオリコン総合チャートTOP100にランクイン。

2013年、数社のオファーの中から、日本クラウンより3rd Album『僕は君に武器を渡したい』をリリースし、メジャーデビュー。マネージメントにTHE YELLOW MONKEYが所属するBAJと契約。
同年、RADIO CRAZY 2013に出演。

2014年7月、4th Album『もう君はいい人じゃなくていい』リリース。
同年、ARABAKI ROCK FEST.14、VIVA LA ROCK 2014出演。
ニコニコ動画公式配信で配信ワンマンライブ「半透明な帰宅」を開催。

2015年5月、5th Album『僕は透明になりたかった』リリース。制作期間にDr.栗原が右手を骨折するアクシデントが起こるも、左手のみでドラムを演奏するアレンジに変更され、「バンドの危機そのものをリアルに記録する」という形でアルバム制作が行われた。
同年7月、契約の更新を断りメジャーを自主離脱。
同年11月、インディーズに戻り、1stが録音された廃カラオケの一室で6th Album『最低の昨日はきっと死なない』を無所属でリリース。

2016年、ROCK BELL(現キングレコード・アーティスツ)への移籍を発表。
同年7月、Single『狐と葡萄』、同年9月、『52Hzの鯨』をリリース。

2017年7月、7th Album『消える世界と十日間』をリリース。
実際に篠塚が毎日楽曲を制作していたことを踏まえ、「生活そのものを記録する」ことをコンセプトに、或る10日間に制作楽曲を、時間の過程そのものを収録するというコンセプトでアルバムが制作された。

2018年、Dr.栗原が結婚を機に脱退。脱退の申し出に「そういえば、そもそも加入ってしてたんだっけ」と重要な話し合いをしていなかったことを思い出す。
栗原の脱退(よく考えると加入していないのだが)と同時に、活動中止を発表。 活動中止作となるMini Album『それでも世界が続くなら』をリリース。
同年、これまでの活動を総括した異例のベストアルバム『僕は音楽で殴り返したい』が、レーベルの垣根を超え、日本クラウンとBAJの協力の元、ROCK BELLよりリリースされる。

2019年、以降の継続した音楽活動の再開を目指し、正式なドラマーを探す目的で、それでも世界が続くなら(仮)名義の活動を開始。
同年9月、ROCK BELLに説得される形で「(仮)」を外し、それでも世界が続くなら名義でMini Album『彼女はまだ音楽を辞めない』をリリース。

2020年、ワンマンライブ『Re:habilitation』に、脱退したDr.栗原(よく考えると加入していないのだが)が脱退後初参加。
しかし『Re:habilitation』直後、本格的なコロナ禍に突入し、大きく活動を断念する。
結成から10年弱で初めてリリースが行われない年となり、メンバーの心が大きく折れる。

2021年、コロナ禍でのリアルを記録したEP『僕は君に会えない』をリリース。ドラマーに後輩の只野が参加。

2022年、活動の再生と独立に向け、ROCK BELL(キングレコード)を離脱。
Single『白昼夢から覚めるまで』を無所属でリリース。

2023年、主催レーベル・YouSpica(ユースピカ)を設立。
同年5月、8th Album『死にたい彼女と流星群』をリリース。

2024年、Ba.琢磨の持病の悪化を受け、琢磨の休養期間として活動休止を発表。
同年3月、東阪ワンマンライブ『生前葬』にて活動を休止。活動休止期間中にDr.只野が脱退。
苦境の活動休止期間に、毎年行っていたCIVILIANとの2MAN LIVEのみ約束を果たす形で出演したことを機に、バンドの崩壊を防ぐために本格的に再生に動き出す。

2025年、Ba.琢磨の復帰を待つ期間、バンド崩壊を防ぐ目的での「試運転期間」に突入。
篠塚が代理でベースを演奏する3ピース形態、篠塚と菅澤によるアコースティック2ピース形態など活動継続を模索するも、これまでのような「リアルを追求する音楽活動」は不可能と判断し、サポートベーシストに盟友CIVILIANのベーシスト・純市を迎え、同年8月、渋谷Spotify O-Crestにてワンマンライブ『Re:cycle』を開催。
Ba.琢磨に関しては「無期限の活動休止」と「在籍の継続」が発表され、琢磨の復帰を待つ形で、ドラマー探しとバンド活動を継続する。

2026年3月、Ba.琢磨が「これ以上は待たせられない」と正式に脱退を表明。オリジナルメンバーの脱退を受け、初代Dr.栗原(よく考えると加入していないのだが)より活動を心配する連絡があり、栗原が再参加する話が上がっていた中、moke(s)を通じての友人・Dr.小寺良太(椿屋四重奏)との再会を機に、純市/小寺の2人をサポートに迎え、レコーディング活動を再開。

2026年9月、Ba.純市(CIVILIAN)、Dr.小寺良太(椿屋四重奏)の正式加入を発表。
同年11月20日、渋谷Spotify O-Crestにて開催されるワンマンライブ『水色脱兎緊急避難所 2026』より、純市と小寺の両名が加入すると共に、4人体制での活動を正式に再開する。